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TAKASHI BLOG

みんなから愛されたハックルベリーというお店

Written by Takashi Yamanaka

長浜市でスケートボードをやっている人なら知っているであろうハックルベリー。

僕は、中学の頃にスケートボードデビューし、ハマっていた時期には深夜に及ぶまで友達と練習したものだ。

夜間練習はウィール(スケートボードのタイヤ)やボードが擦る音がうるさいので民家の近くからは離れ、人気のない山の近くで街灯があり、尚且つ、舗装されたばかりのアスファルトを見つけては足繁く通った(笑)

ハックルベリーのオーナー「ヨッシーさん」こと吉田さんは若い頃にアメリカ、ハワイで生活され、スケートボード、サーフィンと共にアメリカのリアルカルチャーを体現された。

子供も楽しく学べるパーク

長浜に戻られてからは屋内のスケートボードパーク「ハックルベリー」をスタートされ、大人だけでなく子供も楽しく学べるスケートボードパークを提案されていた。

このガレージな臭いプンプンなパークがたまらなく格好いい。

小学生のお子さんや中高生の若者が順番で縦横無尽に滑りまくるが、みんな披露するテクニックが凄すぎて、見ているこちらが思わず圧倒されてしまう。

実際に滑られている子どもたちは、京都、大阪はもちろん、神奈川、東京、千葉と関東からも大勢来られており、改めてヨッシーさんの魅力を感じた。

実際に、ショートサイズのボードも用意されており、小さな子供からも無理なくスタートできるようにプロテクターを装着した上で丁寧にレクチャーされる。

根気よく練習を重ねている子は上達も早く、大人顔負けの技を披露する。

パークは各ブロックに分かれており、自分のレベルや、滑りたいスタイルによって自由に選択できる様に設計されていた。

また、パーク横がSHOPになっており、スケートボード各種パーツが随時購入できるようになっていた。

店内もアメリカ西海岸のVOLCOMやBRIXTONなどのアパレルラインが並び、一貫したカリフォルニアの“ヨコノリ”スタイルが格好いい。

伝説のスケーター

70年代のスケートボードシーンで欠かすことのできないZ-Boysのmemberの一人。

ジェイ・アダムス

なんとヨッシーさんは彼が亡くなる半年前に海で会っていた!

1970年代のZ-Boysのメンバーは、坂道やフラットな地面では物足りず、水のないプール(アメリカのプールは角がなく、すべてがアールになっている)に持ち込み平坦ではなく垂直に乗ったり宙に飛んだりというテクニックはその後のスケートシーンに多大な影響を与えた。

ジェイ・アダムスといえば、スケートボードでフリーウェイを滑って犯則切符を切られたとか、婦人のカツラをスケートで奪い去ったとか。
笑わせてくれる一面を持つ反面、危険な空中技に最初に果敢に挑戦したスケーターとして名高い。

リスクを恐れることなく、下手をしたら大怪我に繋がりかねない危険を新しい技への可能性へ変えていき、スケート界を新しい改革の波へと飛翔させた一人。

さすがに僕はリアルタイムで影響は受けたわけではないが、20歳のアパレル時代に当時の(70年代)服を勉強するため見た、映画「ロード・オブ・ドッグタウン」では服という観点のスタイルだけなく、無鉄砲な滑り方や、「孤高な生き方」には本当にシビれた。

伝説のスケーターにバッタリ海の上で会ってしまうヨッシーさんの「引き運」の強さには驚きだ。

今後の活躍に期待

そんなヨッシーさんだが4月2日に沢山の方に惜しまれつつもハックルベリーを閉店された。

今までハックルベリーの存在は知っていたが、入店したことがなかった事が無く、タイミングがタイミングなだけに僕が「もっと早く出会ってたらな…」と肩を落としていたら、紹介してくださった室谷さんが「このタイミンッグやからええんやんか。」と一言。

パークに通えなくなってしまうのが残念ですが
僕も今後のご活躍に期待しています。

ヨッシーさん きっと、今日もどこかで滑っているんだろうな。

18年間
本当にお疲れさまでした。

PEACE

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