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TAKASHI BLOG

真実一路。

Written by Takashi Yamanaka

10年くらい前かな。僕はある数年間は、人付き合いをほとんどしなかった時期があった。

当時は基本的に、関わりたくなかったのだ。誰とも。
自分は「人間嫌い」なタイプだ。って本気で思い込んだことが、ある。

携帯の電話もコールが鳴るのなんて二週間に一度あるかないか。

今ではなかなか考えられないんだけれど。本当のこと。

人生の不条理なものに対する挑み

人生とは信じられないほど不条理なものである。

「人は皆平等だ」という言葉がある。昔から僕は言ってるいるけれどあれはマジで大嘘だと思う。

まず、どこの国のどういう家庭に生まれてくるかで全然違う。

お金持ちの家に生まれてくるか、貧しい家に生まれてくるかで学歴も違ってくるし、その後の収入も結婚する相手も変わってくる。

親がちゃんとした人格者で愛を持って育ててくれたか、愛されず虐待を受けて育てられたかでも全然違う。

例え親や家庭がそれほど問題なくても、自分がどんな遺伝子や病気を持って生まれてきたかで、また全然違う。

根っからの病気がちだったり、根気や才能が何もなかったり、怠惰だったり、不真面目だったり、根っからの酒好き、マイナス思考だったりと負の要素がたくさんあったり、負の側面が強烈に内在していると苦労することになる。

どんなにマイナス要素をたくさん持っていて自分で解決できない問題を抱えていても生きていく以上、折り合いをつけていかなければいけない。

そう。いずれ社会に出て働かなければいけない。

社会のシステム

社会に出ればどんな言い訳も許されない。結果だけから「出来る奴」「出来ない奴」のレッテルを貼られ評価されてしまう。

社会とは物凄く残酷だ。

やりたい仕事がなくても、とりあえず嫌な仕事でも何でもして生計をたてていかなければいけないし、どんなに嫌な奴がいても妥協しながら仕事をしていかなければいけない。

どんなに根っから生まれつきで、やる気や才能や根気がなくても、それを言い訳にすることができない。

遺伝子が違うのだから能力が違うのは当たり前なのに、全くの他人と協調して仕事をしなければならず、結果だけから評価をされてしまう。

まったくもっておかしな話なんだけど、社会を円滑に運営するために、やむを得ないシステムをすでに社会は用意している。

気付けてラッキー

そんな中で30代になって思い始めたこと。

サラリーマン時代。先輩に言われてカチンと来る。

でも、良く考えれば自分の至らなさにカチンときてるんだよね。
ムッとした顔したところで何も解決しないから、わざわざ周りを不快にする必要はない。
思いっきり、手の甲をつねってみる。皮膚がちぎれるくらい。
それで落ち着く。

なんか書きたいことがいろいろあって、まとまってない感じだけど何が言いたかったって、その昔、僕は孤独を感じてきた。

でも2018年度は何にもとらわれずに突っ走った。ただただ走ったって少しだけ分かったことがある。

あのとき感じてた「孤独」それは、

その寂しさは人間好きなところから来ているということ。

まっすぐ、真実一路に生きていきたいな。

 

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