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TAKASHI BLOG

それでも夜は明ける

Written by Takashi Yamanaka

先日、久しぶりに映画を見ました。

もずはこれを聴いてもらいたいんです。

※タップ(クリック)すると曲が流れます。

このアイキャッチイメージとこのゴスペルソングでピンとくる人はいるかもしれませんが。

タイトルは「それでも夜は明ける」

この手の南北戦争以前の南部を舞台とした映画は今まで何本か見てきたけど、意外と見ていなかった「それでも夜は明ける」

時は1841年。アメリカ。

南部の中でもルイジアナ州はより際立って偏見と差別が激しい地域。
主人公のソロモンは北部で生まれ、教育を受け音楽をなれ親しみヴァイオリニスとして生きる一人の黒人男性でした。

映画は、実在したヴァイオリニスト、ソロモン・ノーサップの手記 『Twelve Years a Slave(12年間の奴隷)』を映画化したものになります。

白も黒も平等さ

人身売買が許された時代、ブラッド・ピット演ずる
奴隷制度撤廃を唱えるカナダ人労働者バスが、主人公に呟く。

「雇った人たちの労働環境がよくない。なんとかしないと」という

すると「雇った連中じゃない。俺の所有物さ」と返す

「奴隷制度には一片の正当性も正義もない」

「北部に居る内は平等論も通じるぜ。だがな、ここは違う。北部じゃないぜ」

「ではこう質問しよう」

「所有物だといえる正当性は?」

「正当性?金で買ったからさ」

「確かに奴隷所有を認める法律はある。だが悪法もある。君の自由を奪い奴隷にできる法が成立したら?」

「あり得ない例だね」

「法は変わるが普遍の真理は変わらない。」

「白も黒も平等さ」

「俺とニガーが平等だ?」

「神から見てどこに違いがある? これは病気さ、この国の巣くう恐ろしい病気だよ。
いつか最後の審判が下る」

という至極真っ当なセリフをブラピが言うシーンがある。

“地下鉄道”

我々は、こういった類の黒人差別ストーリーを観るたびに、「アメリカの白人たちはなぜ、こんなバカなことを平気でするのだろうか?」と思わせられるのだが、この映画を観ると、「アメリカの白人」がどうとかではなく、社会を営んでいく上で形成されるシステムが、良きにつけ悪しきにつけ、人間の性質さえも変容させてしまうのではないかと思えてくる。

人間が作り上げた社会が、どこかで間違った方向に行ってしまっても、その社会の人間は変わろうとせずに社会の側へと自らが取り込まれてしまう。

ここで言う“地下鉄道”とは、1850年代に入って活発化した、「アンダーグラウンド・レイルロード」と呼称される、奴隷の逃亡を援助する秘密組織である。

実際、奴隷制廃止論者は、“地下鉄道” の呼称通り、「車掌」、「乗客」、「停車駅」、「駅長」などの鉄道用語を暗号に変換し、アメリカ北部諸州やカナダに脱出させていたのである。

上の図が教科書には載らない“地下鉄道”の地図。

この赤い線のルートを通って、奴隷の逃亡を援助していた。

人間らしさ

黒人の子供と親が別々の白人に「奴隷」として買われてしまい、そして引き離され、毎晩我が子思う度に号泣する親が映るシーンがある。

これを見る度に、ほんと社会的な部分ではこの時代のアメリカが生んだ「奴隷制度」ってシステムは絶対に間違っていたんだけど、この時代の黒人たちほどピュアな「想い」は今の日本人の病んだ心とは大きくかけ離れたものがある。

不当の搾取や、殴られるようなことは一切していないのに、ムチで背中を打たれても、殴られてでも、家族守るために必死だった。

この先、AIやIoTの進化で、生活が便利になったり、暮らしやすく成ったりする一方で人間の仕事がとって変わられてしまう。とか騒がれているけど、それよりも何よりも「人間らしさ」をもっと追求するのが先だと思うのは僕だけだろうか。

映画の中で仲間の死体を埋め、奴隷全員で記事冒頭にUpした「Roll Jordan roll(ヨルダン川よ流れよ)」を歌うシーンは涙腺爆発必至。

ブルースやゴスペル、ヒップホップは魂がある。
ただ口先だけで歌うのではなくバックグラウンドやパワーを感じる、心揺さぶられる魂があります。

まだ見てない方、必見の映画です。

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