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TAKASHI BLOG

バスキア展 メイド・イン・ジャパン

Written by Takashi Yamanaka

バスキア展に東京まで足を運んだ。
いやー。久々の六本木ヒルズ。

実に13年ぶりに足を運んだ。

1980年代のアートシーンに、彗星のごとく現れたジャン=ミシェル・バスキア。

わずか10年の活動期間に、新たな具象表現的な要素を採り入れた3,000点を超すドローイングと1,000点以上の絵画作品を残しました。

その作品は、彼自身の短い人生を物語るかのように、非常に強烈なエネルギーであふれているだけでなく、20世紀のモダニズム美術の流れを踏まえ、ジャズやヒップホップ、アフリカの民俗や人種問題など、黒人画家ならではの主題を扱っています。

そのため、没後ますます名声が上昇し、今や20世紀美術最大の巨匠の一人として確固たる地位を占めるにいたりました。
バスキアは、今日までアートやファッション、カルチャーに大きな影響力を及ぼし、近年でもロンドンやパリをはじめ、欧米の著名な美術館で相次いで展覧会が開催されています。

バスキアは、「Yen」のようにバブル景気を迎えていた80年代の日本の世相を反映したモチーフや、ひらがなを作品に取り入れ、度々来日して6回の個展や10のグループ展を開催しました。本展では、バスキア研究の世界的権威ディーター・ブッフハート氏が、こうしたバスキアと日本との多方面にわたる絆、そして日本の豊かな歴史や文化がその創作に及ぼした知られざる影響を明らかにします。

世界各地から集めた約130点の絵画やオブジェ、ドローイングで構成された、日本オリジナルで、日本初となる本格的な展覧会です。

 

作品群

 

「バスキアの作品からは、愛聴してたジャズや、訪れた日本の影響なども見ることができる。また、(株式会社 ZOZO 代表取締役社長の前澤友作が2017年に123億円で落札した)

《Untitled》は、はアフリカの仮面を意識していたのではないかと言われています」と語り、バスキア「天性のカラリスト」と称して、その絶妙な色彩感覚を強調する。

1982年には最年少で国際美術展「ドクメンタ7」、1983年に現代美術の特別展「ホイットニー・バイエニアル」参加。アンディ・ウォーホル、キース・ヘリングなど当時を象徴するアーティストと交流を深め、80年代のニューヨーク・ダウンタウンのアートシーンで旋風を巻き起こしたが、わずか27歳で悲劇的な死を遂げた。

黒人、27歳没というこの共通点は僕はジミ・ヘンドリックスを回想してしまう。
突き抜けた一瞬を生きた生涯は、やはり作品だけでなく生き方にも人々にインパクト残すのだろう。

おまけ

東京に来たので久しぶりに二郎にいってみた。

 

三田本店は初めてで。夜の開店時間前に並ぶことに成功。
黒烏龍を自販機で買って胃に流し込む。

あー!やっぱり美味い。
この豚と麺。650円の旨さ、地元にも欲しい。

ホテルに戻り明日へ向けてまた準備支度を行い床につく。

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